2020年2月4日火曜日

モブのメイド

 昨日に続いてコナンのアニメの話を。



 コナンのアニメは毎回ちゃんとテーマがあって、それは親子関係だったり男女愛、友達間の不和など人間関係に関するものが多い。人間関係の失敗によって殺人事件に至ってしまうというケースがほとんどです。それが視聴者の心に触れ、毎回毎回涙が出そうな結末になる。それがコナンのアニメのすごいところなのです。そしてコナンは探偵としてしょっちゅうそんな悲しい現場に居合わせていて、その分普通の高校生よりも成長しているのでしょう。だからあんなにカッコいいセリフで話を締められるんだなあと思っています。話の最後に犯人が犯行に至った経緯を話し、それに伴って自分の心がどう変わっていったのか、自分がどう苦しんできたのかを吐露するのですが、視聴者は最後にコナンと一緒にその叫びを受け止めることでジーンと来るのです。



 ところで、僕がコナンのアニメを見ていて最も印象に残っているセリフがあります。それは、コナンのアニメの記念すべき第1話の冒頭シーン、工藤新一が視聴者の前で初めて解決した事件でのことです。



 ある金持ちの屋敷で行われたパーティーの最中に殺人事件が起きた。おそらく警察からの依頼でやってきた工藤新一は、見事トリックを見破り、犯人が屋敷の主人であることを暴きました。主人は足が悪くて車イスに座っていたのですが、実はそれは演技で、足は三ヶ月前にとっくに治っていたのです。新一はその事を見せるために、そばにあった地球儀を主人めがけて投げました。すると、とっさに主人が立って避けたのです。屋敷の主人が、足が悪いはずなのに堂々と立っているではありませんか。それを見た屋敷のメイドがこう叫びました。



「だ、だんな様、足が…」



 この些細なセリフ。僕はこのセリフがコナンのアニメで一番印象に残っているのです。作中でこのメイドはこのセリフしか喋っていません。それでも、いや、だからこそ、このセリフからメイドの心中を想像せずにはいられないのです。



 この屋敷はおそらく建てられてから二十年以上は経っていることでしょう。そしてこのメイドも、この屋敷で働いて五年といったところでしょうか。年齢は二十代半ばほど。大学には行かず、高校を卒業後すぐに上京し、いくつかバイトを転々とした後、たまたま知り合った会社役員の紹介でこの屋敷で住み込みで働くことになった。今までに見たことのない高給に、メイドはたいそう喜んだことでしょう。彼女は上京してから初めて、山形の実家に仕送りをすることができ、ようやく父母の心配を解消することができて涙を流しました。ここの主人にはいくら感謝をしてもしきれません。仕事は確かに大変ではあるけれど、一つひとつの作業にメイドはやりがいをもって取り組んでいました。他の使用人たちともうまくやっていて、仲の良い男性もいます。将来のことも明るく考えられるようになり、メイドはとても幸せでした。
 そして五年の歳月が過ぎました。ある日、屋鋪の主人が出先で転んでしまい足の骨を折ってしまいました。使用人たちはみな心配しました。それ以来、主人の世話をすることが増えました。そんな中、あの事件が起きたのです。屋敷で開かれたパーティーの最中に殺人事件が起きた。
 すぐに警察と高校生探偵がやってきて捜査が開始された。見知らぬ人たちが屋敷内で目まぐるしく動き回っているのを前にして、メイドはただただ戸惑っていました。自分の家同然である屋敷内で起きている出来事のはずなのに、自分はここにはいないような、自分だけ世界から取り残されてしまったような。あれよあれよという間に高校生探偵が全員を集めて、推理ショーを始めました。メイドはここでようやく、少しだけ心を落ち着かせることが出来ました。高校生探偵はすぐに事件の犯人を言うのではなく、事の顛末を最初から事細かに、自分でも分かるくらい丁寧に話すことから始めたのです。この屋敷内で起こった事なのに、その高校生探偵は自分よりもはるかに細かく把握しているので、メイドは自分の頭の回転の悪さを恥じる前に、彼の頭脳と鮮やかな口調に感動していました。あれを見るまでは。
 高校生探偵の推理ショーはいつの間にか終盤に入っていて、後は犯人を名指すだけとなっていました。一体犯人は誰なのか。メイドを含め、その場にいた全員の視線が高校生探偵に集まります。高校生探偵が指さした先には、屋敷の主人がいました。いや、でも、そんな、だんな様は足が悪いはずだから、そんな大層な犯行など出来るはずがない。この高校生探偵は何を言っているんだ? メイドは困惑し、高校生探偵に嫌な感情を抱きました。その直後、高校生探偵がだんな様めがけて地球儀を投げました。危ない! と思ったのも束の間。だんな様が立っている。どういうこと? だって、だんな様はずっと足が悪いはず。私も長い間お世話をしていて、ずっと見てきた。そう信じていた。それなのに、目の前の現実は私にノーと言っている。メイドはこう叫んだ。
「だ、だんな様、足が……」

 この時のメイドはいったいどんな気持ちだったのか。驚き、悲しみ、裏切られた、いろんな思いが錯綜し、メイド自身にも分からなかったかもしれません。でも、その後のメイドの人生を考えてみてください。おそらくこの屋敷での仕事は無くなるでしょう。メイドは再び安月給のバイト生活に戻り、将来を考えても明るい気持ちにはなれなくなったことでしょう。
 私が屋敷で過ごした五年間はいったい何だったのだろう。だんな様の足の骨折と同じく、自分が抱いていた幻想だったのかもしれない。だったら私はだんな様にずっと騙されていたの? 自分もあの高校生探偵と同じくらい頭が良かったなら、答えを見つけられるのかもしれない。でも自分はただ頭の回転の悪いメイド、いや、もうメイドですらない。きっと永遠に分からないまま。
 そういえば、あの高校生探偵、名前なんて言ったっけ? 確か、工藤……新一。最近彼の名前も聞かなくなったな。今ごろ何してるんだろうな。




 なんて考えてしまいます。コナンのセリフより、あのメイドの悲痛な一言の方が、僕の心に深く残っているのです。みなさんはコナンのアニメで印象に残っているセリフはなんですか?

ちゃんちゃん




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