2019年1月19日土曜日

マンモス大発生 その3

マンモスの体内は異空間と繋がっていて、体の一部が欠けてもすぐにそこからパーツを引き出して再生してしまう。マッドサイエンティスト・仏飛隆弘ぶっとびたかひろが発見したこの事実は、世界中の人々を恐怖させた。「人類はこのわけのわからない生物にやられてしまうのだ。というか、あのマンモスは本当に生物なのか。やはりわけが分からない」誰もがそう思った。たった一人を除いて。
その男の名はグレッグ・ヨコハマ。あの横浜徹子よこはまてつこの弟分である。彼は一週間前からアメリカに帰省していて、空港に着いた時にマンモスの大発生を目撃したのである。滑走路を眺めていると、着陸しようとしている飛行機の上にマンモスが行儀よくまたがっているのが目に入った。グレッグはその奇妙な光景に思わず吹き出しそうになったが、横浜流の教え『虚を衝かれてはならない』に従い、その場はこらえた。
「そんなに真面目じゃなくていいのに」
姉弟子である徹子にはいつも笑われていた。そのたびにグレッグは決まってこう言い返していた。
「ワタシハ、アクマデ、ストイックデ、イタイノデス」
「その通りじゃ。徹子も見ならえい」
師匠のうなずきも含めて、横浜流道場ではおなじみのやり取りだった。それでも徹子の方が腕は上だったので、グレッグは徹子のことを尊敬していた。
マンモスの大発生を冷静に受け止めたグレッグは、頭の中でこのやり取りを再生していた。そうする事で自分の心を落ち着けていたのである。その後いつものように徹子の動画チャンネル『サムライウーマンTV』を開き最新動画をチェックすると、彼は地面にへたりこんでしまった。徹子がマンモスに倒されたのを見てしまったのである。
グレッグはその場で正座をしておもむろに短刀を抜き、そのまま左腕に突き刺した。虚を衝かれてしまった自分を罰するためと、徹子を倒したマンモスへの怒りを鎮めるためである。グレッグはあくまでストイックなので、教えに反してしまった場合に備えて常に短刀を携帯している。とはいえ、さすがに飛行機に持ち込みはしなかった。
空港のターミナルのど真ん中に突然血まみれの人物が現れたのだが、周りはマンモスの大発生に混乱していて、誰もグレッグに見向きもしなかった。彼は腕から血をダラダラと流したまま立ち上がり空港を出ると、その足でアリゾナの実家に走って向かった。家に向かう途中で合計17頭のマンモスに遭遇したが、彼は無視した。今はまだ戦うべき時ではない。横浜流の教え『敵を知らぬうちに戦うは愚か』である。グレッグはいつものやり取りを頭の中で再生しようとするが、徹子の笑い声がどうしても再生できなかった。
それから1週間の間、グレッグはマンモスに関する情報を飲まず食わずで集めていた。その様子を見ていた両親は、息子は日本のあやしげな剣術を学んでおかしくなってしまったのだと思っていた。悲しげな視線に気づいたグレッグは「 NoNoLeave me alone!」と叫び、両親を泣かせてしまった。横浜流の教え『親泣かせは罪』の教えに反してしまったので、グレッグは自分を罰した。また親を泣かせないように、こっそりと。
I see……
この1週間で、グレッグはマンモスに関する情報をあらかた集め終えた。フィリップの死、遠藤ジョーの発言、徹子の動画、仏飛の大発見。彼はこれらの情報全てに目を通し、結論を下した。
「勝てる」
横浜流最後の継承者、グレッグ・ヨコハマは嘘をついたことがない。それは横浜流の教えに反するからだ。だから彼が「勝てる」と言ったら、彼はマンモスに勝てるのだ。って、何だって!
 グレッグはいくつか秘策を思いついた。マンモスは体の一部を失ってもすぐに再生してしまう。ならば最初からマンモスを粉々にしてしまえばよいのだ。そしてそのための技を彼は会得している。
 この作戦がダメでも、次の手がある。異胚葉空間に乗り込むのだ。この異空間にはマンモスの体のパーツがストックしてある。ならばそのストックを全て壊してしまえばよいのだ。異胚葉空間に侵入する技も彼は会得している。
 諸君は彼の作戦を知って、こう思うだろう。
「そんなこと可能なのか?いくら横浜流がすごくても、マンモスを粉砕するなんてできるわけがない。それに異胚葉空間に乗り込んだとしても、その中がどうなっているか分かったもんじゃない」
もちろんグレッグ自身もこの計画が欠陥だらけなことは承知している。だが横浜流の教えが染み付いた彼の心に、「できるわけがない」などという言葉が浮かぶことはないのである。それに彼はすでに「勝てる」と宣言してしまった。あとは実行に移すのみだ。彼の目はもう前しか見ていなかった。
翌朝、心配性の両親にお弁当を持たされたグレッグは、地元アリゾナの荒野に繰り出した。そこは素人が準備なしに訪れたら確実に帰れないとされている岩砂漠だったが、幼い頃から遊び場として毎日通っていた場所なので、彼にとっては庭のようなものだ。しかし、幼い頃とは明らかに空気が違う。マンモスの存在である。メサやビュートの上でマンモスが日向ぼっこをしている。どうやらここはグレッグの庭からマンモスの遊び場に変わってしまっているようだ。
グレッグの想定通り、こちらから近づかなければマンモスは襲ってこない。マンモスはそもそも無害な存在なのだ。そのことをグレッグはわきまえていた。しかしグレッグはマンモスに立ち向かわなくてはならないのだ。それは人類の愚かさゆえだ。人類はマンモスを敵と見なして攻撃した。だからマンモスに襲われた。もちろん、全ての人類がマンモスを敵と見なしているわけではないが、一部の人類がそうである以上、全ての人類がマンモスに襲われる可能性があるのだ。だから、誰かがマンモスに勝たなければならない。マンモスに勝って最後の罪人となり、全世界に伝えるのだ。「マンモスは敵ではない。我々と共存すべき友なのだ」と。
きっと横浜徹子も同じ考えだったのだろう。マンモスを一刀両断する動画をアップして有名になり、それからメッセージを伝える。彼女も彼女なりのやり方で人類の愚かさを一身に引き受けるつもりだったのだ。しかし失敗した。グレッグがマンモスを切ることにこうも熱くなるのは、侍としての闘争心からではない。横浜流の継承者だからでもない。尊敬する徹子の思いを受け継いだからなのだ。
 グレッグは目を閉じた。自分を中心に半径5キロメートルの範囲に37頭のマンモスがいるのを感知した。その中で一番強そうなマンモスは、12時の方向3.7キロメートルにいる個体だ。目標を定めると、グレッグは駆け出した。横浜流走法・超縮地は彼の最も得意とする技だ。1秒で17メートル移動できる。徹子よりも師匠よりも速い。走り始めて3分38秒後に目標のマンモスの目の前に着いた。それは今までに見たどの個体よりも巨大なマンモスだった。
向こうも突然目の前に現れた人間に気づいたようで、まばたきをしてからトロンとした目をグレッグに向けた。
 グレッグとマンモスはしばらくの間、静かに見つめあっていた。荒野の乾燥した風がグレッグの袴をはためかす。いつの間にか彼らの周りには、数頭のマンモスが集まっていた。
 ついにグレッグが動いた。腰に差した刀に手をかけ、地面を踏み切ってマンモスに突進した。横浜流秘奥義・爆裂粉砕剣ばくれつふんさいけんが彼の刀から放たれた。

2018年11月15日木曜日

マンモス大発生 その2

 ところ変わって岐阜。ここにはまだ手つかずの自然が残っており、いまだに秘境として名高い地である。一度森に足を踏み入れたが最期、二度と帰ってくることはできない、ほどではないが、岐阜の森は日本が温帯であることを忘れさせるほど鬱蒼としている。あれに見えるはヘゴか?ガジュマルか?ヤシの木か?いやまさか。あくまでもここは温帯気候である。
 ひとりの女サムライが剣と自撮り棒を携え、森の中をリズムよく歩いていた。彼女はこれから動画投稿サイトを通じて、生中継をしようとしている。それにしても、電波が届くとは、岐阜の名も地に落ちたものである。
シャキーーン!ぴろりー、チャンチャカチャンチャンチャン……サムライウーマンTV……ザシュッ!
「この世の悪を一刀両断シャキーーン!!はいどうもー、世界最強の剣技『横浜流』最後の女継承者、横浜徹子(よこはまてつこ)です!(滑舌が悪くて聞き取りにくい)
 前回の動画ではコンニャク千本切りに挑戦しましたが、今日はなんと、今世界中で大発生しているマンモスを一刀両断してみたいと思います。いやー、あのマンモスですよ。久しぶりに、あの技、出ちゃうかもしれませんね。ということで、今日は生中継でお送りしております!みんな見てるー?」
 諸君、目をつぶってくれたまえ。しょうがない。これが世の常というものだ。世界が変わる時にはおかしな奴が出てくるものだ。彼女は好奇心と功名心にとりつかれ、身の丈をかえりみず、マンモスに立ち向かおうとしているのだ。まあまあ、ここは暖かい目で彼女の勇姿を見届けようではないか。
「たった今、マンモスを横浜流秘奥義・爆裂惨殺剣(ばくれつざんさつけん)で真っ二つにしました。もう血飛沫がす、ごいで、す!あ、待っ、てくだ、さい!こい、つ、再、生、し始め、ていま、す!内、臓か、ら鼻、が……がっ!」
 なるほど、これは、どうしたものか。まずは今起きた出来事を整理しよう。彼女は「横浜秘奥義・爆裂惨殺剣」なる技でマンモスを真っ二つにした。なんと。ほぉ。そして?マンモスが再生して、彼女はそれに巻き込まれた。わけがわからない。どうやら私たちは自惚れていたようだ。マンモスのことを全て知った気になっていて、この新しい世界を分かった気になっていたのだ。思えば岐阜の森がこんなに鬱蒼としているわけないのだ。
 さて、彼女は今私たちの目の前から消えてしまった。彼女が掲げていたスマホもなくなっている。生中継は終了し、すでにアーカイブ動画は彼女のYouTubeチャンネルにアップされている。この映像がどのような反響を呼ぶのか、見守っていきたいと思う。
 この動画は1日で3億回再生され、横浜徹子のYouTubeチャンネル『サムライウーマンTV』のチャンネル登録者数は1億2千人を突破した。しかし、その広告収入が彼女の手に渡ることはなかった。この動画には、以下に示すような多数のコメントが投稿された。
「下手な素人合成で、非常に不謹慎かつ不愉快」
「彼女は人類の希望だ」
「なんたる不敬であることか!」
喧々囂々(かんかんがくがく)阿鼻叫喚(あびきょうかん)、すったもんだのコメント欄。やはり彼らも混乱しているのだ。無理もあるまい、一体この状況を誰が理解できていようか。国連の遠藤ジョー中佐兼臨時広報官の発言と横浜徹子の動画をきっかけとして、世界中でマンモス研究が始められた。

 最初に成果を挙げたのは、再び日本、鳥取県のマッドサイエンティスト仏飛隆弘(ぶっとびたかひろ)だった。彼はなんとマンモスの発生を観察することに成功したのだ!
 鳥取砂丘ではマンモスがコロニーを作っており、仏飛はそれを観察していた。ある日、砂丘でのフィールドワークから帰ると、家の裏手の崖の下でマンモスがひっくり返っていた。おそらく崖の上から落ちたのだろう。周りを見回したが、他のマンモスは見当たらない。しばらく離れて観察していたが起き上がる気配はない。気絶しているようだ。これはチャンスなのでは?そう思った仏飛は、思い切って近づいてみることに。
 わずかにうごめいている。毛の一本一本までがそれぞれ意思を持っているかのようだ。長い鼻から呼気が吹いてくる。思わず顔をしかめる。土の匂いに混じって、少し柑橘系の匂いがする。少し触ってみようかな……、ひゃあ!ゴワゴワしている。でも不思議と触り心地はいい。毛を一本拝借。ちょきん。もう一本。ちょきん。マンモスの肌が見えてきた。あともう十本。ちょきんちょきん……。皮膚もいただいちゃおうかな。仏飛はフィールドワーク用の鞄からナイフを取り出して、ハゲになったマンモスの右後脚のヒザにスッと差し入れた。
「ブオン」
 十分後、仏飛は気づいたら崖に埋もれていた。体を動かそうとすると、腹に激痛が走ったようで、顔をくしゃっとさせた。呼吸が荒い。砂ぼこりを吸い込んでしまい、咳き込んでしまい、また顔をくしゃっとさせる。そして顔をくしゃっとさせたまま……笑っている。出たぞ。これが仏飛のマッドスマイル、彼が「マッドサイエンティスト」と呼ばれるゆえんだ。三年ぶり四度めの披露となる。マッドスマイルを発動した仏飛は、痛みなど感じぬ(後でやってくる)。握力も通常の1.2倍になる。仏飛は崖から身を起こし、三メートル下の地面へと飛び降りる。着地。痛みなど感じぬ。再びマンモスに近づく。マンモスはまだ気絶している。仏飛はマンモスの腹にナイフをグサリと差し込む。
「ブオン」
 マッドスマイルを浮かべた仏飛は、マンモスのひざ蹴りを回避することなどたやすい。仏飛はそのままナイフをスーッと移動させ、マンモスの腹をぱっくりと開いた。簡単そうに見えるが、マッド状態の仏飛にしかできない芸当だ。マンモスの臓物がだらーっと出てくる。どんどんあふれ出てくる。腸が全部出てきたと思ったら、次は胃だ。消化管が全て出てくるころには、あたり七メートル四方はマンモスの臓器で満たされていた。
 マンモスの体の奥には、縦長の楕円形の臓器が残っている。深い紅黒で、表面は油のように光を反射している。かすかに中が透けて見える。直径三センチほどの球体がたくさん入っているようだ。
「マ、ンモ、ス、の卵、だ」
卵だって?しばし待たれい、マッドサイエンティストよ。お前は知識までマッドになってしまったか。マンモスはどう見ても哺乳類。卵など作るはずがなかろう……、いや待て。「哺乳類は胎生である」という”常識”が、果たしてマンモスに通用するのか。そもそも「哺乳類」という枠組みを、マンモスに適用しようとした我々がマッド(ここでは「愚か」の意)だったのだ。
  マンモスの卵は両生類のそれと外見は似ている。卵膜の中に見える胚は、まだあまり発生が進んでいないようだ。仏飛はマンモスの卵を十個ほど実験室に持ち帰り、発生を観察することにした。胚のひとつを卵膜から取り出し、表面に色素でしるしをつける。これは「局所生体染色法」と呼ばれる方法で、胚の表面につけたしるしの行方を追いかけることで、そこにある細胞が将来どの器官・組織になるのかを知ることができる。これより一時間ごとにマンモス胚を観察し、マンモスの発生を観察する。ところで、実験室の外で先ほど仏飛が引き裂いたマンモスが再生を始めているのに気づいただろうか?
  翌日。仏飛の雄叫びが鳥取の朝空に響いた。近隣の住民たちは「三年ぶり四度目だな」とため息をつく。マンモスの発生を観察していた仏飛が、早くも発見をしたのだ。昨日マンモスの腹から卵を採取した時には、マンモス胚の発生はたしかに初期のものだった。発生学的には胞胚よりも前の段階にあったのだ。それが一日経った今では、もうすでにマンモスの形になって、大きさも一メートルに達してようとしているのだ。ゾウの妊娠期間が二年であることを考えると、これはかなり異常なスピードということが分かる。さらに、胚の表面につけたしるしが消えてしまったのである。これは、しるしをつけた細胞そのものが消えてしまったことを意味する。
ここまで大きくなるための養分はどこから来たのか。そして、しるしをつけた細胞はどこに行ってしまったのか。仏飛はこれらの疑問に対して仮説を立てた。
「マンモスの身体は異空間とつながっていて、マンモスは発生時にそこから養分を受け取り、逆に肉体の一部をその空間に送り込む」
  私達はもう驚かない。なるほど。マンモスは異空間と繋がっているのか。マッドサイエンティストがそう言うのだ。とりあえず納得しよう。とすれば、マンモスが再生するのもこの異空間から肉体パーツを引き出しているのか。横浜徹子の動画の謎も解決する。
  仏飛の顔はまだマッドスマイルを浮かべている。だが昨日に比べて表情が引きつっている。限界が近いのだ。仏飛のマッドスマイルが消えると、それまで蓄積していたダメージが一気にやって来る。三年前にも、仏飛はマッド状態を脱した後、二ヶ月間目を覚まさなかった。仏飛は研究結果を自らのホームページにアップするべくパソコンに向かった。キーボードを叩くと、右腕に傷が入り血が少量噴き出した。急がねばならない。マッドスマイルに力が入る。猛スピードでキーボードを叩く仏飛。足の骨が折れる。思わずうめき声を出す。それと同時に口から血が溢れる。今回のダメージは相当な量だ。
  仏飛は五分で三万字越えの論文を完成させた。エンターキーを押すと、身体を引きづってベッドに向かう。マッド状態が終わってしまう前に、ベッドに入らなければならない。もう部屋中血だらけだ。なんとか最後の力を振り絞って毛布をめくり、そこに体をねじ込んだ。毛布を頭からかぶり目を閉じる。
  仏飛の体はゆっくりと爆発した。
  ブボボボボボボボボボボボボボボ。

2018年11月10日土曜日

マンモス大発生 その1

この小説は『ゲンロンSF創作講座』第3期に梗概を提出したものの、実作は期限内に提出出来なかったものです。
第5回課題『来るべき読者のための「初めてのSF」』にて梗概を提出した『マンモス大発生』の実作を、全4回に分けてお送りします。
梗概はこちら




『マンモス大発生』


 あれを見よ!
 高さ三三三メートルの東京タワーの頂上につき刺さっているのは、私たちがかつて憧れたマンマではないか。茶色い毛に覆われ、長い鼻と牙を宙に暴れさせ、巨大な脚が鉄骨を殴っている。あれはまぎれもなくマンモスである。四万年前に絶滅したはずだが、どういうわけか今、私たちの頭上で苦しみに悶えている。
 マンモスが「ばおん」と叫ぶと、大量の血が吹き出した。雲ひとつない青空からマンモスの血が豪雨のごとく降り注いでくる。カメラモードのスマホを上に掲げたまま顔を下げている人々の後頭部に、どろりとしたマンモスの血しずくがビシャリビシャリと襲いかかり、スライムのように彼らの身体を飲み込む。わが子を抱えながら逃げ出した女性がすべって転び、まもなくマンモスの血にドシャリと潰された。
 テレビ局のヘリコプターが到着する頃には、芝公園一帯はマンモスの血によって真っ黒に染まり、東京タワーの頂上には二頭目のマンモスが突き刺さっていた。
 同じ頃、ロンドンのビッグベンは、時計盤の「Ⅵ」の位置にマンモスがめり込んでいるせいで針が引っかかってしまい、正確な時刻を刻めないでいた。針が動く「ガッコン」という音の「ガッ」のタイミングで針が止まっていた。このマンモスはじっとしたまま全く動く様子がないので、一見すると死んでしまっているように見える。イギリス中のテレビ画面には、マンモスの顔がズームになって中継されている。8Kの高画質に映し出されたマンモスの顔を覆っている毛の一本一本までがはっきりと見分けられる。次の瞬間、マンモスがまばたきをした。
 マンモスがまばたきをした。
 マンモスが、まばたきをした。
 イギリス全土から叫び声が上がった。
 ビッグベン周辺で様子を見ていた野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げていった。テームズ川に次々と人が飛び込んでいった。水をかいて必死に反対岸に逃げようとする彼らの手に触れたのは、ロンドン・アイでもランベス宮殿でもなく、テームズ川で水浴びをしていたマンモスのごわごわとした毛だった。長い鼻から吹き上げられた水が、マンモスの背中と、失神した者たちの顔にびしゃびしゃとかかる。テームズ川はいつのまにか五十二頭のマンモスと百人以上のイギリス人であふれていた。
 マンモスは東京、ロンドンだけではなく、世界中で出現していた。北京の地下鉄の線路に五頭、ギザのピラミッドをのぼるマンモスが十一頭、ニューデリーの道路には牛ではなくマンモスが八十二頭横たわっている。原因は不明だが、とにかく、突如として世界中でマンモスが大発生したのだ。


 一度、落ち着こう。マンモスなどこの世に生きているはずがないのだ。今から四万年前に、気候変動に耐えられなくなったか人類に狩り尽くされてしまったかで、すでに絶滅しているはずなのだ。では私たちはいったい何を目撃したのか。突然変異で茶色い毛が生えるようになったゾウなのか、それとも誰かがいたずらで作ったプロジェクションマッピングなのか、はたまた夢を見ているのか。落ち着こう。目をつむって、深呼吸をして、10秒数える。10、9、8……2、1。ゆっくりと目を開けよう。さあ、私たちは再び東京タワーの目の前にいる。上を見上げてみよう。東京タワーの頂上にマンモスは刺さっているか?
 いる。しかも三頭。一番上のマンモスは、長い鼻を使ってなんとかタワーをよじ登ろうとしている。一番下の、私たちが最初に見たマンモスは、いまだに足をばたつかせている。
 よろしい。マンモスはたしかに存在する。四万年の時を超えて復活したのかもしれない。時空がねじ曲がって過去から連れてこられたのかもしれない。それとも、これはマンモスにそっくりな宇宙人で、遥か彼方の惑星から地球を侵略しに来たのかもしれない。いずれにせよ私たちはもう、今までの常識でこの世界を語ることはできないのだ。
 ところで、このマンモスは私たちにとって敵なのだろうか。たしかにマンモスは突然私たちの前に現れ、東京タワー周辺を恐怖の渦に巻き込み、ビッグベンの時を止めた。しかし現れただけだ。今のところは、こちらから近づいたり手を出したりさえしなければ、むしろ無害な存在とも言えよう。では私たちのとるべき道は、このままマンモスを新たな地球の住人として受け入れ、共に手を取り合って良き関係を築いていくことであるに違いない。どういうつもりかは分からないが、せっかくこの世界が新しい顔を見せてくれたのだから、私たちは世界に対して敬虔な態度をとるべきだろう。


 愚かなるかな人類よ!マンモスに対して刃を向けるとは!ニューヨークはマンハッタン、自由の女神像の台座の上で眠っていたマンモスに対して、一人の市民が発砲したのである。市民の名はフィリップ。彼は自分がマンモスの幻覚を見ているに違いないと思い、それを証明するためにマンモスに向かって発砲したのである。弾はマンモスの腹に当たった。しかし傷がつくどころか、マンモスが目を覚ます気配すらない。フィリップは用心深い男で、銃にこめた十発の弾全てを撃たなければ気がすまなかった。もう一発。今度は鼻先に当たった。弾は貫通こそしなかったが、肌に一瞬だけめり込みその後ぽとりと地面に落ちた。さらに一発。今度はまぶたに。ようやくマンモスが目を開ける。マンモスとフィリップの視線が合う。
「やはり俺は幻覚を見ているんだ。マリファナを吸った時と同じじゃないか。ほら、体が宙に浮かんで、それから締めつけられるように苦しくなって、それから……ほら、決してマンモスが俺を鼻で持ち上げているわけじゃあないんだぁ」
 ニューヨーク市は一般市民がマンモスに殺されたことを受けて、マンモス退治に乗り出すことを議会で決定した。そしてこれを皮切りに、各国でマンモスに対して捕獲や撃退という勝負をしかけていくことになった。
 結果から述べよう。惨敗である。私たちは前にも確認したように、この世界はもはやこれまでの常識が通用しなくなっている。その事実を認めていなかった人類は、これまで自分たちが作り上げてきた神話にすがり、そして人類の神はマンモスに屈したのだ。具体的には、連合国軍の中佐(けん)臨時広報官である遠藤ジョーによる公式発表を参照しよう。
「我々は、突如として地球上に出現したマンモスと思しき生物に対して、あらゆる武器を使い勝負を挑んだ。簡潔に述べると、だが、銃や戦車からミサイルまで、あらゆる武器は全く歯が立たなかった。マンモスは、全ての銃弾をはじき返し、全ての戦車を踏み潰し、全てのミサイルを鼻で投げ返してきた。またこういう報告もある。一頭のマンモスに対して空爆を試みたところ、爆発の煙の中から出てきたのはなんと二頭のマンモスだった。やつらは攻撃されると増えるのかもしれない。さらにその戦闘機のパイロットは、雲の隙間から、まるでヘリコプターのように鼻を回して飛び回っているマンモスを見たという。つまり、やつらのもとでは『真』は『偽』となり、『偽』は『真』に歪められてしまうのだ。もはやこれは我々の知っているマンモスではない。もっとも我々はマンモスについて何か知っていたわけではないが」
 遠藤中佐兼臨時広報官の発言により、マンモスはいよいよ地球の新たな支配者として人類に受け入れられ始めた。これからは道路をマンモスが歩いていた場合、車は道を譲らなければならない。公園でマンモスが寝ていた場合、子どもたちは別の遊び場を探さなければならない。スーパーマーケットにマンモスが現れた場合、従業員は食料品をマンモスに捧げなければならないのだ。マンモスを神の使いと崇める者や、遅れてきたアンゴルモアだと主張する者など、新しい世界観を生み出そうする者たちが多く現れた。人の子よ、そこのけそこのけ、マンモスが通る。

(「その2」につづく……)

2018年10月2日火曜日

カムバック!

こんにちは、篠田です。

僕は以前、アメブロでブログをやっていました。ですがアカウントを忘れてしまい、もうログインすることができなくなってしまいました。

別にブログなんてやる必要もないしどうでもいいやと思っていたのですが、なんというか最近、文章を書きたいというどうしようもなく抑えきれない衝動に駆られることが増えてきました。

何故なのでしょうか?

とにかく、僕はこうして再びブログを開設したわけです。何を書くかはまだ何も決めていません。何かについて書き続けようということでもありません。突然文章を書きたくなった時にその衝動を解放するための場として、このブログは作られました。衝動はいつどこで僕の身に襲いかかるかわからないので、その予防策を講じたのです。

参考までに、昔の僕のブログです。
https://profile.ameba.jp/ameba/shikahei
ここでは僕はまだ早稲田で演劇をやっています。生き生きとした無責任さが彼の文章から漏れ出ていますが、これから彼の身にどんな惨事が待ち受けているか、思い出すだけで胸の奥に重たいものを感じます。その惨事を現在進行形でくぐり続けている僕は今またブログを書き始めました。これが僕と彼の未来を明るく照らしてくれると信じたいです。

僕が文章を書きたくなるとき、僕の中で辻褄の合わないぐるぐるとしたイメージが作られて、それをとにかく外に出したくて、とりあえず一番手近な表現形態として日本語の文章を取っているわけですが、そうして僕にもよく分からない得体の知れない何かを形にしたときに、僕の目の前に何が生まれてきたのかを見てみたい。そして、それを放出した僕がどう変容したのかを感じてみたい。そういう思いからこのブログを再び作りました。

タイトルは「カムバック!」となっていますね。まるで昔のブログのノリをそのまま引き継いだようなテンションです。でもいざ中身を書いてみると、当時の僕の文章からは想像できないくねくねとした、言い訳がましい文体になりました。最初だからかな。久しぶりだからかな。

とにかく、これからまたブログを書いていきます。
よろしくお願いします。