2020年2月1日土曜日

「考える」って何?

 考えることは大切なこと。みなさんも世の中のこと、自分の将来のこと、身の回りの他人のことをもっともっと考えましょう。



 とはいいますが、「○○について考えましょう」と言われて具体的に何をすればいいのでしょうか? 「考える」って何でしょうか? 目的は何?



 たとえば、「環境問題について考えましょう」と言われたらどんなことをしますか? 地球温暖化って大変だよね。二酸化炭素とかの温室効果ガスが原因なんでしょ? それで台風とかも増えて、去年も大変だったよね。あとは最近は海洋プラスチック問題なんてのもあるよね。僕もプラスチック製品を使うときには気を遣ってみよかな……。
 なんかいろいろ思い出してはいるけれど、環境問題について「考え」てみた結果どうなったでしょうか? きっと、何も変わりません。「気を遣ってみようかな」なんて最後に言ってみたけど、「気を遣う」って何? 具体的にどんなことをするの? 結局あいまいなことばかりで、めんどくささが先行してしまって僕は何も変わりません。僕は具体性が伴わないと何もしないんでしょうな。



 あいまいなことがイヤな僕は、あいまいなことしか浮かばない時間がムダに感じられてしょうがない。それはそれで良いじゃないという方もいると思いますよ。まったりとどうでもいいことを考えていきましょって人もいると思います。僕もそういう時間は好きです。でもせっかく腰を据えて「考えよう」ってなったのに、結局何にもつながらなかったら、もったいないなって思っちゃうのです。



 ネットの辞書で調べて見ると「あれやこれやと思いをめぐらす。その事について、心を知的に使って判断する。」と出てきました。まだ具体性に欠ける表現が使われていて、行動に移ろうという気にはなれません。めんどくさそ。



 僕は、それこそ「考える」について考えてみました。結論から言うと、考えるという行為には2段階あります。①問いを立てる②答えを出すの2つです。なんだか理科の授業でならう「探究活動」の短縮版みたいですね。そうなのです。考えることは、探究すること、もっと言えば研究することのミニチュア版なのだと思います。

 ①問いを立てること。そもそも「○○について考える」という言葉じたいがあいまいなのです。何をすればいいのか分からないのです。目的がはっきりしないので、何から始めればいいのか分からない。だからどこにも行けない。



 だったら目的をはっきりさせればいいじゃない。



 ということで、「考える」目的を決める。それが「問いを立てる」こと。「環境問題について考える」じゃなくて、「身近な環境問題についての情報を集める」とか「海洋プラスチック問題に対して僕が簡単にできることは何かないか?」とか、ゴールを決めましょう。しかも簡単な、達成するのに5分もかからないようなゴールを。なんでもいいのだ。もう「○○について考える」と言ってはならない。




 ②答えを出すこと。①で簡単な問いを立てたら、もうやることは自ずと決まってきます。「1+1は?」だったら「2!」と言えばいい。「こっぱ?」と言われたら「64!」と言えばいい(コナン)。簡単でしょ? 



 僕は「『考える』について考えてみました」と書きました。それは「『考える』って具体的に何をすればいいの?」という問いに答えることだったのです。そしてその後「結論から言うと」と、「結論=答え」を書きましたよね。やっぱり考えたからには答えをださなくてはならないのですよ。じゃないと「無駄な時間を過ごした~」と変な後悔が生まれてしまうからね。

 もちろん、僕はただボーっと過ごす時間も好きですよ。紅茶飲んでドーナツ食べて、ゆっくりして、どこにも行かないぼんやりとしたことを思い浮かべる時間も好きです。ただ、「考える」となったからには最後にはどこかに行きたいのです。そのためには「考える」って何なのか、予め決めておいた方がいいと思ったのです。

ちゃんちゃん

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